すこし書きました。

夜、日本の上を飛ぶ航空機から下を眺めると、どこも明るいな、と気づきます。真暗な場所はほとんどなく、道路に沿って街灯が並び、家やマンションからは光があふれている。
ふと、例の10km圏内、20km圏内の夜を上空から眺めたらどうなっているのかなと考えたことがありました。
他の場所のように街灯や門灯は灯っているのか。その圏の中心には光が点いているのか。
夜、ひとのほとんどいないその圏内を離れた高台から見下ろしたらどんな風景が見られるのだろう。
昨年12月にその小さな問いにこたえる場所に立ちました。16分ほどの露光です。考えたあとで、この写真はシリーズには加えないことにしましたが、こんな写真です。

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「Semicircle Law」と付題した今回の写真を今この時期に見せることにしたのは、以前ここでも書いたように、人の災害に対する忘却が2〜3年を境に急に進むという話を耳にしてのことですが、もうひとつ撮影上の理由としては、もう20〜30km圏内にある登れる山にはほぼすべて登ったということがあります。

今回の写真は、いわゆる「震災後の」という枕詞を伴う写真であることは避けられません。
2011年の3月11日以降の数ヶ月、写真はこの被災した場所にどう向き合うのかといった言葉が飛び交っていたと思います。僕は津波の被災地にカメラを持っていくつもりはありませんでした。理由はいくつかありますが、大きなひとつは、その場に立った自分が「主観的に」選んだり切り取ったりすることの欺瞞があります。
福島の原発事故の周辺地を撮る上で、選ばない、切り取らないという撮影のルールを見つけたことで、僕はこの撮影を始めることが出来ました。山頂と原発を結ぶ一本の直線上にレンズの光軸を重ねてシャッターを押す。同心円的に引かれる円周上の他の山に登ってシャッターを押す。この20ヶ月間やってきたことはそれだけです。
すでに山頂からの眺めを知ってしまった今後は、僕は画角は選べなくても季節を選ぶことができるようになり、このまま続けていればその変化を"上手に"構成することができるようになるでしょう。ならばここで、シリーズは一区切りできるだろうと思いました。

震災直後、私たちは写真についてとても基本的なことをあらためて突きつけられたと思います。記録すること、残すこと。結局はかけがえのないものを記憶に留めるためのものだということ。本来写真とはなんであったろうということを素朴に考えたのではないかと思います。
そのとき、なぜか僕は、そのような素朴な遡及からは、福島のケースはオミットされているようで、なにか違うと感じた憶えがあります。それだけじゃないよ、という。写真に写らない=写真化できないからといって作品化できないわけではない、といったような。

あの当時、分別のある写真家は、自分が当事者であるか非当事者かという、明瞭な線引きのできないグラデーションのなかで、自分の立ち位置を見定めていたのだろうと思います。自分は内側にいるのか、外側にいるのか。いやそもそも、なにからみた内側/外側なのか、という。

僕は自分の前に線を引き、外側つまり非当事者として、この福島を撮ってみようと思いました。当事者と認められる一線の外から、ある一定の距離からしか見ることが出来ないという条件があってはじめて説得力をもつものが作れるのではないか。津波の被災地のように、より早く/より近くへ赴くことが写真の訴求力になってしまうような場所ではなく、より長く/より遠くその影響が及び、しだいに忘れられていく福島のケースでこそ。
もちろん、そう考えたのは、4月22日以降は入れない線が引かれると聞いたからでもあります。

ものを作るというのは(これは以前、震災直後にここへ書いたことですが)、リマインダーで在り続けることではないかと思っています。忘れそうになっても、何度も何度も思い出させてくれるものを作る者として。多くのことを学び、なんども考えをめぐらせて、それをもとになにかを作る。それに接した人がなにかを、大事であれ瑣末な事であれ、言語化できることであれ、できないものであれ、呼び起こしてくれるように。作品とはそういうものだと思います。
ベンヤミンがゲーテの小説「親和力」の批評を記した際に塑型しようとした小説作品というものの輪郭も、そういうものではなかったかと、若干の飛躍と知りつつ、思うのです。(いやこの題辞については、またあらためて整理して書くことにします。)

以下に、この展示を進める際に書いたステイトメントを添付します。すこし長めだったので、実際のプレスリリースではここから抜粋しました。
今回の投稿と、以前書いたこのステイトメントによって、自分がなぜこの写真を撮ったのかということのいくらかが分かってもらえればうれしいです。もちろん、わかってもらえたからどうだという話ではないのですが。



Semicircle Law

線を引くと決められた。ここから先は入れないという。
原発から20kmに一本。30kmに一本。20kmからは先は危険。20kmと30kmの間はすこし危険。30km以遠は安全という法。それはいったいなんなのだろうと感じて、線が引かれる前にとにかく見てみたいと思ったのが2011年4月21日。

山頂からは白くぼやけた点のように建屋が見えることはあっても、その建屋から大量に放出されたものも、引かれた線も見えなかった。変化を蒙ったものはなにも見えない。季節が変わっていくだけで。

僕は物理学が好きだった。素粒子があって核子があって核があって原子がある。それは精緻で透明なネイチャーで、悪ではない。それぞれの法則に従って莫大なエネルギーを放出する。人間は探求をやめない。さらに微小なクォークの世界へ。さらに遠い127億光年の先へ。

最も近い場所は13.5km。最も遠い場所は31km。視線のまっすぐ先にはそれがあるように写真を撮った。その消失点はきわめて特異な点のように思われるかもしれないが、ほんとうは手前に見える樹々や山塊と同じネイチャーなのだ。
これを決定的に損なわれた大地だと考えることもできるが、全き自然だと言うこともできる。もちろん、そこから人間を除けば。

正当な意味で当事者でない僕は、なにもしなければ他の多くの惨事と同じように、この惨事をゆっくり忘れていくだろうと思っていた。忘れるとは慣れること。車を4時間も飛ばせば着く場所に空白の半円があるということに慣れたくはなかった。

それでもきっと慣れてしまう。
忘却のなだらかな坂を下っていくばかりの僕に写真は、自分が見たものだけではなく、見えなかったことも思い出させてくれる。







新しい写真集の制作4

個展の初日まであと10日。先日、ぎりぎりのタイミングで色校正も整い、文字校正も校了しました。
印刷会社の皆様、ひとまず感謝です。印刷本番もどうぞよろしくお願いします。ちなみに今回の印刷・製本は、長野のオノウエ印刷さん。
オノウエ印刷さんは、過去に美大の学生だった人は、展示のDMはがきの製作で一度はお世話になったことがあるんじゃないでしょうか。僕も学生のときにお願いしたことがあります。そのころはまだ版下入稿でした。なつかしや。


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何度か試行錯誤を重ねて、こんな感じ。今回はFMスクリーン、高精細です。
撮影の際に、解像度の良いレンズを使って、遠くの家や木や鉄塔がカリッと写るようにしていたのですが、その感じが印刷でも出ています。まださらに良くなるとのことですが、なかなか悪くありません ↓ 。
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今回は展示も同時期に行うので、印刷原稿と展示のプリント制作を並行して進めていました。
展示のための原稿がマスタープリントですが、写真集の印刷はそれと同じものになるわけじゃなりません。どこが勘所なのか?という、アートディレクターとプリンティングディレクターのやりとりを耳にしていると、写真集を作るのってやっぱ楽しいなぁと思います。こんな楽しいこと、この世界からなくなるわけがない。
ちなみに今回の勘所は「遠近の層」です。

今週、印刷立ち会いにいざ諏訪へ。



新しい写真集の制作3

写真集作りは生き物と申しまして。
12月末に刊行予定とお知らせしていた写真集の完成がずるずるとずれ込んだまま、報告もなしにこのblogを放置しており恐縮千万。
やっと、年明け2013年の1月25日前後に出来上がる見通しが立ちました。

仕様にやや変更があります。
上製本、64頁、写真点数28点のセミハードカバー。スリップケース入りとなります。
束見本はこのような仕上がり↓
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サイズは約22.5cm x 28.0cm。以前お伝えしていたサイズよりも、ふた回り小振りになりました。
これは「真昼」とほぼ同じサイズとなります。だからなんだということですが、本棚に並べた時に同じ高さというのは、ちょっと気持ちいい。

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ちなみにタイトルは「Semicircle Law」となりました。
日本語にすると"半円則"、もしくは"半円法則"といった意味です。(このタイトルになった経緯は、いずれ出版後に気が向いたら書きたいと思っています。)

既に「news」欄でお伝えしていますが、この写真集の発売に併せて、2013年1月26日から都内・六本木のタカイシイギャラリー・フォトグラフィー/フィルムにて展示をやります。
出来上がった本は、まずは個展会場で手にとって観ていただけるのでは、と思っています。
時間的にはけっこうギリギリなので、年が明けたらラストスパートですね、僕よりも、AD氏や印刷会社や製本会社さんが。
とにかく、これで心穏やかに新年を迎えられそうです。合掌。


2012年ももうすぐ終わり。
なんども終わっては始まる時間のなかに、皆様それぞれの光と影がありますように。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
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新しい写真集の制作2

前回書いたように、年末に出版する写真集の準備をしています。
今回はエッセイをお二人の方にお願いしました。
ひとかたは『現代写真論』の著者で、イギリス国立メディア美術館のクリエイティブディレクターを務める、シャーロット・コットンさん。
もうひとかたは、横浜美術館の主席学芸員、天野太郎さんです。

自らの写真集に、(自分自身も含めて)誰かのテキストを必要とするかどうかは、写真集の制作にあたってはいつも考えるところ。
言葉が必要かどうか、ということではないんです。つねに言葉は必要です。ただ、それを事前に写真とセットで提示するのかどうか。どのような立ち位置の人物から、どれくらいのボリュームで差し出すのか、ということです。
写真集のタイトルは、その最もミニマルな差し出し方だと思います。(そういえば「タイトルは写真家が自作に対して行使しうる唯一の批評」とむかし誰かが言っていたような。)
選択を間違うと、ただ箔を付けたいだけのようになってしまったり、「わからなさ」が生む勢いが奪われたりするので、むつかしいですよね。

ともかく、今回はこのお二人にお願いしました。

この福島の惨事は、国内外の多くの人にとっての不幸な共通体験となりました。
物理的・心理的な距離感はそれぞれに異なります。
かたや横浜で地震を体感し、その後の事故を注視した者として。
かたやイギリスでニュース報道を通して、遠い場所の惨事として知り得た者として。
写真集を見る人それぞれにも、この事故とその元凶となった原発に対して、考え方があるはずです。僕にもあります。けれどそれらの考えを、この写真は反映しないと感じています。今回の写真は、あるルールに沿って撮り続けられた資料のようなものです。

僕はそのルールを説明した上で、お二人にエッセイを書いていただきました。
微妙に異なる立場から書かれた二つのエッセイが、結果的に、いち写真家の努力の成果としてではなく、もうすこし開かれた回想のための資料という位置に、今回の写真を配置してくれたらいいと思っています。
このお二人の読みが、写真を見るためのフィルターとしてではなく、写真家と写真を切り離すナイフのように機能してくれたらと思っています。


さて実際の進捗状況といえば。
いまは写真をざっくりとレイアウトしてみて、微妙なトリミングを確認しながら最終の入稿プリントを少しずつ仕上げているところです。
タイトルはまだ思案中。次回、報告できるはず。
今回は題辞を載せたいと思っており、それはもう決めました。
併せて展示の準備も始めています。展示構成はだいたい決まり、ステイトメントも書き上げました。2013年1月26日が初日となる予定です。
あとは、これから11月半ばまで、最後の撮影が残っています。
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新しい写真集の制作

今年の12月にあたらしい写真集を作ることが決まりました。
これは、昨年の4月から定期的に撮り続けている福島の、福島第一原発から30kmの圏内で撮影した写真です。
あれから1年半が過ぎて写真の枚数も現時点で20枚近くとなり、これなら説得力のある枚数になると考えて、また、2年目から3年目が人の災害への忘却の境目だと聞いたこともあって、今年中に作ることにしました。
タイトルはまだ思案中です。近いうちにお伝えできると思います。
判型はA3変形、けっこう大きめです。48頁くらい、写真点数は30枚弱。

主題が主題であるだけに、二人の方にエッセイの寄稿をお願いしました。ひとかたはイギリスの写真のキュレーター。もう一方は日本のキュレーターの方。エッセイはもう執筆済み、現在翻訳中です。

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版元はbookshop M (前作「A Tree of Night」と同じ)です。

また出版後にこの写真で展示もします(2013年1月26日より都内にて)。

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写真集を作るのはやはり心が踊ります。けれど今回は、このテーマについて、出版後の言明について、まだまだ学習の不足、思考の掘り足りなさを感じています。この写真は実際のところ、いったいなんなのだろう?
なにかの代弁なんだろうか。なにかを表象しているというんだろうか。

この写真集の制作過程について時折ここに書ければと思っています。



Installation views of 2 men show "CHIASME"

Installation views of the 2 men show "CHIASME"(7th Jul -4th Aug 2012) at SPROUT Curation 

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i-love-photography talk and walk 写真を巡る連続トーク

来たる7月の3週にわたって新宿の文化学園で開催される、写真を巡る連続トーク「i-love-photography talk and walk」に、僕も野村浩さんとのタッグマッチで参加します。他の参加者の方々も興味深い布陣です。詳細は下記のサイトにてご覧になれます。

i-love-photography talk and walk


❶ 7月5日(木)18時30分〜 本尾久子 + 町口 覚
❷ 7月7日(土)15時〜 大森克己
❸ 7月7日(土)18時〜 蜷川実花
❹ 7月11日(水)18時30分〜 佐内正史
❺ 7月12日(木)18時30分〜 光田由里 + 石田克哉
❻ 7月16日(月・祝)13時30分〜 長島有里枝
❼ 7月16日(月・祝)18時30分〜 都築響一
❽ 7月18日(水)18時30分〜 姫野希美
❾ 7月19日(木)18時30分〜 野村 浩 + 今井智己
❿ 7月21日(土)15時〜 森山大道
⓫ 7月21日(土)18時〜 操上和美
⓬ 7月25日(水)18時30分〜 野村佐紀子
⓭ 7月26日(木)18時30分〜 大竹昭子 + アイヴァン・ヴァルタニアン
⓮ 7月28日(土)15時〜 インポッシブル
⓯ 7月28日(土)18時〜 今 道子

(通期)15回 一般18,000 円/学生12,000 円
(単回)1回 2000円
(1 DAY [土・祝])2回 3000円
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今回のトーク、主眼は「今」と「自作」を語ることです。
僕は年末に発表する新しい写真集のシリーズを起点として、なぜ今そのような写真を見せることになったのかということを、過去の自作に遡りながら、且つ、写真の今という切断面を見渡しながら、出し惜しみせずに話ができればと思っています。野村浩さんとのキャッチボール形式なので、しぜん写真とアートという話題にも触れていくことになります。
できるだけ眼と耳が楽しめる内容を心がけつつ、でも真剣に。

ネックは観覧料が高いことでしょう。
その点は如何ともしがたく、ただ僕らもできるだけ工夫をして、可能なかぎり納得を得て帰路についてもらえるよう、思案しています。

僕らの回はともかく、7月7日、16日、21日、28日の各日は1日で2組のトークを聞ける日です。

みなさんの時間のご都合とご興味に沿うものがあれば、足を運んでいただけると嬉しいです。







Instalation views of Meguro Address

Installation views of the group show "Meguro Address"(7th Feb -1st Apr 2012) at Meguro Museum of Art .

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展示と写真集

これを書いている現在、僕はひとつの展示(個展)を終えて、引き続きもうひとつの展示(グループショー)に参加中です。

「写真で制作をされている人にとって、展示で発表するのと写真集を出版するのとではどんな違いがあるのですか?」といったことを、展示開催の前後に何人かに聞かれました。この質問は写真ならではと思います。「俳優にとっての舞台と映画みたいなものでしょうか?」と言う方もいましたが、それは..どうなんでしょう。

ブックフォトグラファーとウォールフォトグラファー。そんな言い方をたしかAlec SothYoutube上のインタビューかなにかで話していて、その感覚は世界の写真家にある程度共通なのかなと思ったことがあります。僕もどちらかと言えばブックフォトグラファーだと思っています。写真を写真集というかたちでまず吸収してきたし、次にこんな写真集を作りたいという願望と次にどんなシリーズを撮っていくのかをセットに考えることが多いです。本を作り終えることで、その一連の写真群を閉じることができるとも感じています。

写真集にまとめたいと思うのは、本という形式の「もの」としての魅力、個人の生活空間へすっと潜り込める魅力が大きいです。写真集を書籍のいちカテゴリーとして、小説や漫画と並んで一般に流通させることができるということは一番の誘惑かもしれません。美術館にしろアートギャラリーにしろ、足を運ぶのは社会一般のなかからソートされた狭い層、アートを見るルールを暗黙のうちに理解している人に限られてしまいます。

ただそれでも、展示の場でプリントを見せることには替え難い魅力があります。

パッと会場に立った時に見える全体。近づいて一点の写真の前に立ってじっと眺め、さらに近づいて細部に見入る。一枚一枚の葉っぱや遠景の建物の窓の反射。さらに目を近づけてプリントの表面のツヤや印画の粒子に物質を確認し、そしてまた身を引いて、隣にならぶ写真や背景の壁の肌理を視野に入れつつあらためて眺める。
そのような、体の動作の連続と見えるものの連鎖が生む空間に配慮することで、日頃、自分が撮影をするときにしていることを、自分の写真を見てもらうという場において、写真を見る人に追体験してもらえるかもしれないという淡い欲求は、展示という場所でしか問うことができません。

で、ここ最近は展示をするときに必ず展示スペースの模型を作っています。なぜわざわざ?と思う方もいるでしょうし、模型を作らない作家さんもたくさんいます。

これは目黒区美術館で開催中のメグロアドレス展のためのマケットです。

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写真は本来的に、大きさと点数はいくらでも調整可能です。美術空間で絵画・版画とともに平面作品として扱われる手前、サイズを決めないといけないし、作家としても決めたほうがいろいろ楽という面もありますが、ほんとうはサイズ可変(dimension variable)とでもしとけばいいと思っています。

他のメディアよりも潜在的に展開の自由度があるなかで、与えられた壁に対して、写真が多すぎやしないか、少なすぎやしないか、壁にしっくり納まっているかなど、写真点数・大きさ・自分が見せたいこと、この3つを満たす最適解にできるだけ近づいておくためには、マケット上で思案するのが最も合理的と思っています。
(3つといいましたが、ほんとうは4つめに「予算」という要素があります。写真は新たな展示に際してどうしても出費が嵩みます。展示空間を作る欲求と自腹額との板挟み、ここにいつも悶々とします。)

これはepSITEのためのマケットです。☟

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自分はブックフォトグラファーと言いましたが、じゃあ展示は写真集の順番通りに写真を並べればそれでいいのかというと、そうは考えていません。展示における視野のつながりは必ずしも線的ではないので。展示を成立させるためには、写真集を作るために必要なシークエンスをつくるスキルやグラフィックデザイン的スキルとは別の、あえていえば建築的なスキルが必要だと感じています。なにもない部屋に窓をどのくらいの大きさでいくつ作ればしっくりくる空間になるかという感じです。
先に、展示を見る際の動作と見えの連鎖のことを言いました。建築ではヒューマンスケールという言葉がありますが、人がある場所に立ったときの、壁や天井や光から受ける印象は平面図では追いきれません。もちろん、マケットを作ったりしたくらいでも追いきれないのですが、すこしだけ、解に近づいておける気がしています。
作品を観る人のなかで、近づいたり遠ざかったりするうちに生じる感覚の肌理の変化を想像しながらプランを練り、現実空間に落とし込んでいくのは刺激的です。

自分もいち鑑賞者として、そんな展示を見たいといつも思っています。

長くなりました。最後に先日終了したepSITE「mapping TAIPEI」展の展示の様子を載せておきます。

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yu-un obayashi collection 2006-2011

以前、何度かお知らせしていた分厚い本というのが出来上がったので、写真を上げておきます。
非売品なので実際に見ていただけるチャンスがないのが申し訳ないのですが、雰囲気だけでも...。

たて20.5cm×よこ22.5cmの上製本、288ページ、図版枚数226点。アートディレクションは下田理恵さんです。

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厚みがあります。足に落としたらきっと痛いです。
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中身はこんな感じ。
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これらは自分の作品ではありません。
他人の作品を撮って面白いのかと聞かれたら、いやこれが意外に面白かったんですよね。

写真は光と物しかうつすことができなくて、撮影しているときは壁に掛けられているアート作品も、なにか、たんなる平たく矩形のものだなぁと思えることがあります。けれど一方で作品というのは、言葉や、歴史や、物がひとつづきに結びつけられてかたちを成す星座です。
よい写真、よくない写真という判断系から、よい作品(or展示)、よくない作品(or展示)という判断の系へ飛び上がるうえでの、この星座の編み方について、この一連の撮影は多いに刺激となりました。