この3週間くらい、ずっと写真を撮っている。シャッター切る回数ということでいえば、 こんなに撮ることに没入したのは学生以来かもしれない。カメラも、意識的に常に持ち歩くようにしている。そういうのって自分の資質ではないよなと思ってきたけど、なんというか、整体でからだのゆがみを矯正したくなったというか、視野枠を更新したくなったというか。
大判を使わない、三脚を使わないとなると、撮影はどうしても身体の行為という面が強くなる、それが良いか悪いかはともかく。
ニューカラー云々という話とは別にして、没入しない感じとか身体性を感じさせないとかいう点で大判・三脚という組み合わせは自分にいちばん合っているとは思っているけれど、やっぱり異質なものや忘却していたものを導入して、新しい交差点を発見していかないといけないのは間違いない。
ある信頼する人が「もういつ笛が鳴ってもおかしくないから」と言っていた。そうだと思う。
この試合が終わっ ても、これが最後のゲームとは思っていないけれど、次に再開するゲームは、これまでとはルールがすこし変わる。出場選手は交代して、審判も交代する。観客も入れ替わってるかもしれない。自分が選手登録される保証はないし、さらには観客としてスタンドに居続けられるかどうかもわからない。
だからとりあえずこの試合、ホイッスルが鳴るまでにできることはやっておこうと思う。べつに悲壮感とかそういうことではぜんぜんないですよ。すこし、脇汗がにじむくらいには、わくわくもしている。

大判を使わない、三脚を使わないとなると、撮影はどうしても身体の行為という面が強くなる、それが良いか悪いかはともかく。
ニューカラー云々という話とは別にして、没入しない感じとか身体性を感じさせないとかいう点で大判・三脚という組み合わせは自分にいちばん合っているとは思っているけれど、やっぱり異質なものや忘却していたものを導入して、新しい交差点を発見していかないといけないのは間違いない。
ある信頼する人が「もういつ笛が鳴ってもおかしくないから」と言っていた。そうだと思う。
この試合が終わっ ても、これが最後のゲームとは思っていないけれど、次に再開するゲームは、これまでとはルールがすこし変わる。出場選手は交代して、審判も交代する。観客も入れ替わってるかもしれない。自分が選手登録される保証はないし、さらには観客としてスタンドに居続けられるかどうかもわからない。
だからとりあえずこの試合、ホイッスルが鳴るまでにできることはやっておこうと思う。べつに悲壮感とかそういうことではぜんぜんないですよ。すこし、脇汗がにじむくらいには、わくわくもしている。





