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yu-un obayashi collection 2006-2011

以前、何度かお知らせしていた分厚い本というのが出来上がったので、写真を上げておきます。
非売品なので実際に見ていただけるチャンスがないのが申し訳ないのですが、雰囲気だけでも...。

たて20.5cm×よこ22.5cmの上製本、288ページ、図版枚数226点。アートディレクションは下田理恵さんです。

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厚みがあります。足に落としたらきっと痛いです。
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中身はこんな感じ。
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これらは自分の作品ではありません。
他人の作品を撮って面白いのかと聞かれたら、いやこれが意外に面白かったんですよね。

写真は光と物しかうつすことができなくて、撮影しているときは壁に掛けられているアート作品も、なにか、たんなる平たく矩形のものだなぁと思えることがあります。けれど一方で作品というのは、言葉や、歴史や、物がひとつづきに結びつけられてかたちを成す星座です。
よい写真、よくない写真という判断系から、よい作品(or展示)、よくない作品(or展示)という判断の系へ飛び上がるうえでの、この星座の編み方について、この一連の撮影は多いに刺激となりました。




束見本

ずいぶん前に、厚い本も作っていますと告知しましたが、その束見本がやっと出来上がってきました。
縦20.7cm×幅22.7cm、288頁の上製本です。自立するほど分厚い。

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手にしっくりとおさまり、なんとなく大事にしたいと思わせる大きさ。ハードカバーだといっそう、中身がぎゅっと詰まっている印象があり、大きさを主張しすぎず、といって写真がぎりぎり小さすぎないサイズ。個人的にいちばん好きな写真集の判型です。
この判型、おそらく紙取り(印刷用紙の裁断)の都合がよいという理由もあるのでしょうが、このサイズの写真集をいくつか持っています。

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20cm前後の、ほぼ正方形。これに近い写真集といわれて思い出すのは、他にRobert Frank「The Americans」や須田一政「風姿花伝」があります(ということは朝日ソノラマのシリーズ全てか)。
今回は自分の作品の写真集ではありませんが、いつか自分でもこの判型で本を作ってみたい、そう思わせます。

ちなみに今回の本の完成は3月末〜4月頭の予定。残念ながら非売ですが。

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A TREE OF NIGHT

新しい写真集「A TREE OF NIGHT」が出来上がりました。
24ページ、写真19点、263×184mm。
かの
bookshop M からの出版です。青幻舎で出した一冊目の写真集『真昼』以来の、'町口マジック'にかけられたわけです。
詳細情報とお目見えは11月末〜12月の予定。なのでしばらくお待ちください。
とりあえず外見だけ。


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下の画像はその町口氏によるエディション・ナンバリングの様子。
本よ、写真家のかわりにPARIS PHOTOへ行っておいで!


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本を作ります

Twitterをはじめてから、慣れないものだからそちらにばかり気を取られ、Twitterとブログの書き分けもはっきりしないままオロオロと考えあぐねて2ヶ月ぶりの更新です。Twitterもブログも、書くと決めることでなにか自分に実行動を促す利点はありますが、振り回されもします。とくにTwitterには気持ちをざわつかせられてます。このまま続けるべきかどうしようか、けっこう悩むところ。

で、本を作ることになりました。
いわゆる自分の作品ではなく、人の作品の写真ですが、本がまた作れるというのは単純に嬉しいこと。
2007年から定期的に撮り続けていたので写真点数はざっと290点、そこからすこし絞り込んで220点前後、頁数で200P前後の予定です。これだけの写真点数を並べていくのは初めてなので、どうやって進めてよいやらよくわかりません。でも年内には完成させます。折に触れ構成作業などを紹介していく予定です。


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making a new book 4

先日、東京・足立区のとある印刷工場まで、写真集の印刷立ち会いにいどむ。
印刷の立ち会いはこれで4回目になるけれど、何度やったとしても、終えたあとのこの苦々しさや悔しさを感じずに済むことはないのじゃなかろうか。
あともうすこし、なにか出来たんじゃないか、なぜあと一言、念を押さなかったのかと、印刷立ち会いの翌日から毎朝、後悔とともに目が覚めた。きっとこのせいで白髪も増えているはず(このあいだまた白い鼻毛を発見したし)。

これは写真を撮った本人の、その写真を印画紙で見てきた自分だけが感じる瑕疵で、きっと完成品をみた人はなにが問題なのかわからないくらい素晴らしい印刷になっています。しかしだからって、もっと良くする余地があったという思いは消えない。独りよがりかもしれない。でも、独りよがりやエゴイズムは作り手の軸足、そこから足を離した作品なんてきっと作品とは言えない。

下の写真に写っているプリンティングディレクターや印刷のオペレーターは、写真の印刷をこれまでに数限りなく経験していて、実際とても眼も腕も良い方たちで
す。けれど彼らが持てる能力の100パーセントをこの印刷に注いでくれることは稀で、せめて80くらいは発揮してくれるように言葉を尽くす。どうしたらこの人を本気にさせることが出来るのか。写真集を作る作業で、僕はいつもこの壁の前で途方に暮れます。ようは"人"であり"言葉"なんだと。

そのような個人的な反省はあるにしても、今回の写真集は自信を持って、充分に良い出来と言えます。
見てください。来週後半には順々に書店にも並ぶはずです。


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making a new book 3

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おや八っつぁん、こいつぁ初校かい?
様子がいいねぇ

写真が印刷になって、面付けされたものを見るのは、緊張するが、わくわくする。
それはたぶん、そこに自分がまったく知らない技(わざ)が顕われているからだと思います。
印画紙も印刷も、英語にすれば同じPrintで、ほんとうは写真は、印画紙がオリジナルで印刷紙がコピーとかは言えないはずです。僕はネガからプリントする技術を持ち、プリンティングディレクターはインクと網点でプリントする技術を持っている違いがあるだけでしょう。
今回の初校は、初校としてはとてもクオリティの高いものでした。きっと再校ではさらに良くなるはずです(でもほんとうはここからあとすこしの距離を詰めて行くのがたいへんなのだけど)。


そして先日、僕がこの数年来とても影響を受けてきた小説家の方から、写真集の帯文を頂戴しました。
これ以上はないというくらいの言葉をいただきました。それもいずれ紹介できるでしょう。

タイトルも決まりました。
ぐずぐず悩んでいましたが、編集者氏の叱咤のもと、なんだか見晴らしの良いところへ出られたような気がしています。

表紙やとびらのデザインも決まりました。
直球にして魔球のような、おそるべき表紙です。
このAD氏
はやっぱりすごい人だ

本の完成まであと一ヶ月。
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making a new book 2

「束見本」は"つかみほん"と読んで、文字や写真を刷る前の、造本の確認のためのサンプルです。これを僕はつい最近まで"掴み本"と書くのだと思いこんでたのだけれど、それはともかく、束見本を手にすると、いよいよ本が出来るんだなと実感します。

今回は約40点のうちのほとんどを8×10(バイテン)で撮っているので、本の判形もけっこう大きくしてもらいました。いつもは8×10のベタ焼きで見ていたけれど、印刷はそれよりひとまわり大きくできそうで、そうしたら木の枝の先や葉の一枚一枚の細部が見える見える。そしてソフトカバー。
手に取ったときやページをめくる感触を確かめたり、カラーコピーを貼り込んで実際の写真の見えを確認したりで、こうやって写真が自分の中でも本というかたちとして着地していく。あとは色校を楽しみに待つだけぇ...ではなくて、実はまだ本のタイトルが決まっていません!

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making a new book 1

蝸牛の歩みのごとく進んでいた写真集の制作が、具体的なステップへのぼりました。
下の写真はアートディレクター氏、編集者氏とともに構成を練る練るの様子。
判形もほぼ決まり、ページ数も決まったので、それに見合うように写真を組んでいくわけです。

写真は撮ることであるとともに、選ぶことでもあって、選択の積み重ねの結果、ひとつの新しい写真群ができ写真集が出来るわけですが、写真集が写真展で見せるのと違う点のひとつは、必ず他人の選択、他人の考え、視点を取り込まなければ、まともなものとしては成立しないということかなと思います。僕は狭義でアートブックと呼ばれる、排他性を前提とした本をつくる気はないのですし。

はじめは15枚程度の写真で、そこから、どうしたら自分が取り憑かれているものにくっきりとしたシェイプを与えられるかと、選択しては構成し直し、撮り足してはやり直しの延々で、人から見ればグダグダな作業ですが、しかし時間の許すなかで出来るだけ推敲を重ねることは必ず作品をよい方向へ進めるし、自分を成長させてもくれるものです。

小説家のレイモンド・カーヴァーは自作の書き直しを何度もしていて、またその作業を積極的に楽しんでいたとのこと。曰く「私が進んで書き直しをするのは、そうすることによって、自分が書こうとしていたものの核心にだんだん近づいていくことができるからではないかと思う。それが見つかるかどうか、私は手さぐりを続けなくてはならない。核心は、固定されたポジションにではなく、むしろプロセスの中にある。」(『書き直しについて』より)

写真には"撮り直し"を重ねるということはないのですが、写真集の構成をしているあいだ、このカーヴァーの言葉を僕は頭の中に付箋で貼っていました。
写真集を作ることと小説を書くことの単純な類比は誤りと知りつつ、写真を選び、並び替え、新たに撮って追加してはまた削除するという作業の繰り返しの過程に、始めた頃には見えなかった着地点がゆっくりあらわれてくるのを感覚したこの3年間。そしてその作業ももう終わります。

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